多摩川から世界を走りに!

聖火ランナーを楽しく終えました。市民アスリート(大阪マラソン)の挑戦資格も得ました。人生を楽しみ走ります。

ボランティアってなんだろう

オリンピックに刺激を受けながらも、暑さに弱い私はのんびりのんびり走っています。だいたいキロ6以上。早くてもサブ4ペースまでです。

 

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さて、オリンピックが閉会したので、ボランティアの話を。

 

私はTOKYO2020が開催される決まった時、聖火ランナーになることと、ボランティアをすることを決めました。

そして、ボランティアの募集が始まったとき、大会ボランティアに応募したかったのですが、10日以上の活動が必須との条件があった(うろ覚え)ので、サラリーマンかつ小さい子どもがいるので日程が厳しい気がして活動日が少ない都市ボランティアにのみ応募しました。

 

今は、大会ボランティアにも応募しておけばよかったと後悔しています。

というのも、都市ボランティアの活動は主に三つ。『空港での案内』『競技会場最寄駅での案内』『パブリックビューイング』。これらはすべて観客への対応になります。

つまり、無観客になった途端、全ての活動がなくなりました。

 

都市ボランティアの事務局から、新たな活動として、いくつかボランティアの案内がありましたが、全て抽選で、私が当選したのはたった一つだけでした。

『みんなの東京2020』という番組に出演される皆さんのおもてなしというもの。

 

↓合間に撮影。私はどーこだ。

シティキャストからの応援メッセージ ⑬ 7月31日 / Messages of Support from City Cast ⑬ July 31st - YouTube

 

活動自体は楽しかったのですが、ボランティアのために無理矢理用意した活動であることをひしひしと感じ充実感が全くありませんでした。

 

ボランティアってなんなんだろうって、ここ数日考えています。答えはないんですけど。

 

私が初めてボランティアを知ったのは阪神大震災です。父親が神戸に救援物資の配達をしてました。このときに災害ボランティアというものを知りました。小学4年のときです。

それから、きっと何か心の中に芽生えていたボランティアへの思いが16歳の誕生日に献血に行くということに繋がったのだと思います。献血は今で60回というまだまだ少ない回数ですが死ぬまでに200回はしたいと思っています。

大学生になってからはJICAの1dayボランティアというものに二、三ヶ月に一回参加していました。外国から日本に学びに来た社会人学生がお休みの日に観光するのをサポートするという活動です。主に東南アジアの方と大阪、京都、奈良を一日遊び尽くすという、楽しいボランティアでした。ペアで回ったりグループで回ったり、その辺りは自由で、中国人の男性と一日二人でデート的に観光したときは、とても紳士な振る舞いに惚れそうになりました。このときも中国と日本の外交情勢は悪かったのですが、『国と国、人と人は別物』というのを体感しました。

JICAではその他、二泊三日のワークショップにも参加し、アフリカの女性達と文化交流もしました。このときソマリアの難民の話を聞いたり、初めてアフリカ諸国における女児への『割礼』を知った時は自分の無知を恥じ、日本という国がいかに恵まれているかを感じました。

また、大学4年のときにドイツでインターンを3ヶ月したのですが、そのときに多くの人に助けられた経験から、外国人の方が困っていたら、声をかけたりします。一度、無理矢理キスされるという怖い目に会ったこともありますが。

 

就職して東京に来て、夫と出会ってからはボランティア活動から離れていました。

夫の元カノがJICAの青年海外協力隊でアフリカに2年行っていて、その間に別れた話を聞いたから、夫の古傷をえぐらないようにという思いもありました。

 

今は会社が組織的に取り組んでいる社員ボランティアとして、プロボノ活動に参加していたり、スポーツボランティアをたまーにするくらいです。災害ボランティアは精神的に辛そうで敬遠しています。

また、9月以降、東京都のGIGAスクール構想の支援として、都内の小学校の技術補助としてボランティアに入る予定です。

 

振り返れば、全てのボランティア活動が楽しかったです。そもそも楽しそうなものしかしません。血の気が多いから、献血。海外の人と交流したいからJICA。スポーツ好きだから…といった具合です。

無償のものが多いですが、お小遣いを貰えるものもあります。よく勘違いされる方がいるのですが、『ボランティア=無償』ではないんですよね。『ボランティア=志願者』、有償や無償なんて関係なく、『やりたい人がやる』。だから、私はこれからも楽しそうなことしかしません。楽しいから誰かのために頑張れると思っています。

そして、私の活動が回り回って自分の家族に返ってきたらいいなとという、やましい気持ちを持っています🤪