そういえば、②で書き忘れたハーフ手前の雷門でのこと。
キプチョゲを亀のように首を伸ばして見た後、しばらく走ると雷門が目に飛び込んできました。
その瞬間、15年前の記憶がフラッシュバック。
大阪の大学から東京に就職した私と東北大学の大学院に進んだ元カレ。仙台と東京の遠距離恋愛が始まったけど、すぐに都会の絵の具に染まった私は、合コンで夫と出会い恋に落ちていて。。。
そんな中、仙台から会いに来てくれた元カレと浅草に遊びに行って、雷門見て、初めてもんじゃ焼きを食べ、心の中で『何、この変な食べ物。お好み焼きと似てるかと思ってたけど、月とスッポン、もう一生食べない』と思った瞬間に、元カレが『みんなでシェアできて食べやすくて、お好み焼きよりいいかも』と言ったもんだから、別れを決意。
『ごめん、もんじゃ焼きが好きな人とは一緒に過ごせない』
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さて、若かりし頃の思い出が蘇りつつ、細かなアップダウンがイヤらしく続く後半戦へ。
25キロでスペシャルドリンク担当の陸連の方が待っていてくれるので、元気な顔見せるぞーと頑張ります。
↓キプチャゲのドリンク入り段ボール&設置後とのこと。
30kmまでは4:45で押せると思っていたものの、急に疲れが襲ってきてペースダウン。
しかもガーミンのラップがキロ3を示したと思うと、キロ12になったり、この区間はかなりストレス。
公式ではこの10kmで49:58(ave5:00)に落ちます。
30キロの看板で経過時間が2:25でした。
この時点でフル3:20切りの夢は消えました。
でも、まだキロ5で走れば3:25は行ける!
炭治郎の声が聞こえます。
『諦めない!俺は絶対に諦めない!』
でも、ふつふつと湧き上がる言い訳
・コロナで2月は走れてない
・3週間前の30キロ走できてない
・4週間前の30キロ走は4:45で走れなかった
・卒検、失敗
そんな心の葛藤を抱え、銀座へ。
『ここで婚約指輪を2人でデザインして、こっちで結婚指輪買ったとこだー』
『ここを曲がったお店でウェディングドレスいっぱい着たなぁ』
『パンケーキのために並んだなあ』
『初めて夫婦で友達の結婚式に出たなぁ』
久しぶりの銀座で甘いノスタルジー。
記憶の中の私と夫は若くてキラキラしてるけど、現実は塩だらけのおばさんが1人。
おばさん一人でも頑張る。
でも、頑張ったって33km地点でこんな速くは走れんよ。ガーミンさん。
ここからは消化試合になりました。
あと〇〇キロの看板を見るたびにサブ3.5するにはキロいくつで走る必要があると計算します。
ただし、手元のラップは信用できません。
そんなストレスの中、35キロを過ぎた辺りで久しぶりの『攣り』の兆候が出ます。『この速度だと攣る』と確信したので、ややスピードを落として走りました。1キロくらいをゆっくり走ったら、落ちついたのですが、37キロ地点でちょうど3時間くらい。
絶対サブ3.5はする!
キロ6見るな!
でも、ガーミンは信じるな!
という状況下で1キロ毎にラップを計算してキロ6を切ってきることを確認しながら、ゴールへ。キロ6なんてジョグペースと思いきや、フルマラソンの終盤でキロ6をキープできてる自信がなくて、必死に足を動かしました。
最後の石畳に入るとこで、またナコラマさんの声援が!沿道からの応援はナコラマさんだけだったので、本当に嬉しかったです。
そして、ゴール。
ゴールはいつでも、ど真ん中がいい。